神社参拝が好きな人は、「呼ばれた」と表現することがあります。私もこれまでに29都道府県で100か所以上の神社を巡り、心身が疲れていたり物事に行き詰まっているときに、明らかに「呼ばれた」と感じることがありました。
神社に足を運ぶと、気持ちがすっきりしたり、新しいアイデアが浮かんだり。今回は、私が実際に体験した「神社に呼ばれた感覚」と、そのときの心身の変化を日記風にご紹介します。
神社に呼ばれたと感じるサインとは?
「なぜかその神社が気になる」「急に時間ができる」…そんなときは、神様に呼ばれているというより、「行くタイミングのサイン」と受け取っています。
呼ばれたサインは神社ごとに違うので、私の体験談を神社ごとに綴っていきます。
明治神宮で『呼ばれた』と感じたサインと変化

明治神宮は、私が神社参拝を始めるきっかけになった場所です。当時、トレーナーとして独立したばかりで集客に悩んでいましたが、なぜか「行かなくちゃ」と思い、暇があれば参拝していました。
その後、独立3年目には黒字化し、契約していたジムの売上も急上昇。呼ばれた神社では、気持ちや行動に変化が生まれることが多いと感じました。
伊勢神宮に呼ばれたサイン

ある日、ふと思い立ち、仕事終わりに夜行バスで東京駅から伊勢神宮へ向かいました。別のタイミングでは、礼服を持って身垣内参拝にも行きました。詳しい体験はこちら
日帰りでの参拝でしたが、帰るころには心身が浄化され、生きていることへの感謝が自然と湧き上がりました。
石上神宮に呼ばれたサイン

奈良の石上神宮へ参拝したときのこと。初めて知った神社でしたが、急に気になり、境内を何度も往復しました。離れがたく後ろ髪を引かれる思いで次の場所へ移動したのですが、予定していた橿原神宮はなぜかスルーしました。
こうした感情の変化も、「呼ばれた・呼ばれない」のサインかもしれません。
春日大社に呼ばれたサイン

大神神社・桧原神社・狭井神社を参拝したあと、なぜか急に春日大社に行きたくなりました。仕事で疲れていた心身が、鳥居をくぐった瞬間、すっと落ち着きました。ゆっくりと歩きながら参拝し、気持ちにも余裕が出てきます。
本殿より気になった回廊や鳥居に感謝の気持ちを込め、参拝を終えるころには心が穏やかになっていました。
東大寺に呼ばれたサイン

時間がなくても、気になったら止まらないのが「呼ばれた」感覚。南大門の金剛力士像と仁王像を見て、心が引き締まる感覚を覚えました。鹿に「おつかれさま」と言われた気がして、思わず写真を撮りました。
保久良神社(カタカムナ神社)に呼ばれたサイン

カタカムナに興味を持っていた頃、神戸の保久良神社を知り、日帰りでも行きたくなりました。当時は緊急事態宣言直前でしたが、参拝後は不思議と心が前向きになり、私はその後コロナにも感染しませんでした。
鏑射寺・太郎坊宮(阿賀神社)に呼ばれたサイン

鏑射寺の護摩参拝後、太郎坊宮へ。コロナ禍で物事がうまくいかず悩んでいた時期でしたが、参拝後には不安が消え、アイデアや活力が湧いてきました。
神社に呼ばれてないサインを感じた体験もあります
神社参拝では「呼ばれた」と感じる体験がある一方で、逆にタイミングが合わず、呼ばれてないと感じることもあります。
急な天候の変化や体調不良など、なぜかスムーズに参拝できないことも。
そんな「呼ばれてない」と感じた体験も別の記事でまとめています。
まとめ:呼ばれた神社参拝で感じる共通ポイント
神社に呼ばれるときは、心身が疲れていたり悩み事が多いときが多い気がします。近場ではなく少し行くのが大変な場所に惹かれ、参拝後には気持ちやアイデアの変化が生まれることが多いです。
神社参拝は「願いを叶える」ためではなく、「行動のきっかけ」をもらう場。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えてもらうような感覚です。運に任せるのではなく、自分で道を切り開く。毎度そんなことを感じるのが、私の神社旅です。


